【千足村のお隣りさん】

三好村の打越から県道にそって、 金毘羅山の麓を通りすぎると、 千足の部落に入ります。
南北に細長い丘陵に点在する 家々の間を抜けると逢妻女川に 架かる千足橋に突き当たります。
橋の手前北側に和田平(わたらい) という魚屋さんがあり、夏には かき氷を売っていました。
おばさんが大工道具の鉋を裏返して 長方形の氷をタオルで押さえ細かく 削って赤や緑の色をした甘い蜜を かけてくれました。
その東隣りに玉突き(ビリヤード) があり、昼間から遊んでいるお兄さん 達がいて「1テーン2テーン」と点数を 数える、きれいなお姉さんの黄色い声が 橋の欄干で遊ぶ子供たちにも聞こえて きました。
玉突き場を経営し、煙草や駄菓子も 売っていた橋本屋さんは道の南側にあり 名古屋育ちの上品なおちよばあさんが 悠然とキセルの煙草をくゆらせながら 店番をしていました。
店の前に停留所があり、宮口の方と 交互に尾三バスが通っていました。
そのバスが打越へ抜ける観音坂を登る時 猛然とエンジンを吹かすのです。
吐き出される排気ガスの臭いがダラ焼き (うどん粉を練って焙烙で焼いたおやつ)と 似ていたので、バスが通るたび、子供たちは 黒い煙の後を追いかけ、その臭いを嗅いで 楽しんでいました。
県道から山沿いに少し北へ入ると油屋さん があり、電灯が引けるまでカンテラ油を売っ ていました。
また女川沿いに南へ歩くと紺屋さんがあり、 数人の職人を置いて逢妻一帯の村人の着物や 野良着の紺染めを、一手に引き受けて いました。
さらに南下すると、川端集落があり、 川端橋のたもとには、独特なぜんぞさ煎餅 (あわじ煎餅)を焼いて売っている丸善さん がありました。
殆どの人が農業で生計を立てていた千足村は、 見わたす限り一面の田んぼに囲まれ、 なだらかな山すそと女川により添うような佇まいの村でした。

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