頭にゆわえたわらじ

むかし、むかし、宮町にこんな話がありました。
逢妻女川あいづまめがわのまわりの田んぼで、いねのほが重くたれ下がり、秋風がそよぐたびに、 こがねの波が大きくゆれるころのことです。
こんな取り入れの喜びの時期なのに、村人たちはあっちに三人、こっちに五人と集まって、 心配そうにひそひそと、立ち話を続けています。
「また、いねかりの時になったのう。」
「こまったことじゃ。また千足山のてんぐが来て、わしらをいじめるんじゃ。」
「おれたちにいたずらをしては、喜んどるんじゃからのう。」
「まったくじゃ。ほんにこまったことじゃ。」
どの人もみんな、こまった顔をしていました。
そうして、暗くなりはじめたあぜ道を、足ばやに家路へと急ぐのでした。
ある夜のことです。吾助さは、夜なべしごとのなわないをするために、 うらのなやに行こうと、戸をあけて表に出ました。
吾助さは、空をあおいで、大きく深こきゅうをしました。夜空にはたくさん の星がきらきらとかがやき、流れ星の落ちる音まで聞こえるくらい静かで、きれいな夜でした。
吾助さは「ああ、きれいな夜だのう。星に手がとどきそうだ。」 と、美しい星のかがやきに見とれていました。
そして、なにげなく、遠くに黒ずんで見える千足山のほうを見やったのです。
そのとたん、全身はふるえ、血の気もうでてしまい、ひざはがくがくして、 思うように走ることもできません。
やっとのことで、家にはいりこむことができたのですが、 吾助さは、げんかんのたたきで腰がぬけてしまいました。
そして、おっかあにも、ものも言えずに、ただ、大きく口をあけて外を指すばかりでした。 おかってで夕ごはんのかたづけをしていたおっかあは、なにごとが起きたかとびっくりして、 急いで外へ出てみました。
千足山のてっぺんでは、夜空をこがさんばかりに、まっかな火の玉がもえています。
これは、遠くのほうから飛んできたてんぐが、 「おれは、またやってきたぞう。」 と、村人たちに、自分のみなぎる力をほこって知らせるあいずだったのです。
さあ、たいへん。吾助さとおっかあは、こわさをこらえて、急いで、村の人たちに、 今年もてんぐがやってきたことを知らせに回りました。
「てんぐが来たぞうい。」
「てんぐの火の玉が千足山に見えるだよう。」
「てんぐが千足山にいるぞうい。」
それからというものは、夕ごはんが終わるころになると、毎ばん、 「わっ、はっ、はっ。」「カタン、カタン」 「わっ、はっ、はっ。」「カタン、カタン」 と、てんぐは高らかにさけび、ほうばの、ぶあついげたの歯をならしながら、村じゅうを歩き回ることが続きました。
村人たちは、家の中で身をかがめ、息 をひそめて、小さくなっていました。子どもたちは親のひざの中にもぐって、 ぎゅっとしがみっいて、はなそうとしません。
てんぐの通りすぎるのを、じっ と待っているほかに、手のくだしようがなかったのです。
と、あるばんのことです。急ぎの旅をしていた一人の男がいました。
この旅人が宮口まで来た時、はいていたわらじのひもが、プツッと切れてしまったのです。
旅人は、「もう少しでやどにつくのに。弱いわらじだったのう。」
と、ぷつぷつ言いながら道ばたの松の根もとにこしをおろして、新しいわらじ をこしからはずしていました。
その時、なまあたたかい風がふわっとふいたかと思うと、とつぜん、 「わっ、はっ、はっ。」「カタン、カタン。」 と、てんぐが旅人のほうへ、いきおいよく、大またでやってきました。
旅人は、心もきももっぷれんばかりに、びっくりぎょうてん。思わず、持っ ていたわらじを頭の上にのせて、 「どうか、どうか、命だけはお助けください。」 と、さけぷようにしてたのんだとたん、どうでしょう。
こんどは、てんぐが、 「きゃあっ。そのわらじをどっかへやってくれ。」 と、さけぷがはやいか、いちもくさんに千足山ににげ帰ったのです。
しばらくして、村人たちが、手に手にちょうちんをさげて、旅人のところへ集まってきました。
「おまえさん、だいじょうぷかね。」 と、五助さが話しかけると、旅人は体をふるわせて、 今あったできごとをくわしく話しました。
すると、村人たちは、「てんぐめは、わらじがきらいだったのか。」
「おれたちも、頭にわらじをゆわえて歩くぞん。」
「そうじゃ。そうじゃ。いいことを聞いたぞん。」
と、安心したかのように、口々に明るい声で話し合っていました。
その後、村人たちは、のら仕事でおそくなったり、夜道を歩く時は、頭にわ らじをゆわえて歩きました。てんぐは、おどそうとして村へおりてきても、頭 のうえのわらじを見ては逃げ帰つてしまいました。
そして、いつのまにか千足山へ来ることもなくなった、ということです。

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