わいわいぎつねのいたずら

もうずいぷん、むかしのことです。 そのころ、宮口は家もごくわずかしかなく、小高い山があちらこちらにあり、 あとは野原と田や畑ばかりでした。
ある秋の夜のことです。まわるい盆のような大きな月が、夜つゆでぬれたすす きのほを銀色にてらしていました。
庄屋さんの家から、ガヤガヤとにぎやかな話し声が聞こえてきます。
「今年は米がたんととれたのう。」
「村のしゅうにも、ねんぐをたんとおさめてもらってのう。」
「これで、秋まつりもにぎやかにやれそうだのう。」
「ほんに、全くそのとおりじゃ。」
地主さんたちが集まって、おまつりのそうだんをしていたのです。
拾ひゃくしょうさんたちのくろうも知らないで、お米がたくさんとれたからもっと出せ、 もっと出せと取り立てたのです。

おまけに、おひゃくしょうさんたちの気持ちも聞かないで、おまつりをにぎや かにやろうなどと、かってなそうだんをしているのです。
話がはずんで、お酒もだいぷん入り、かなり帰りがおそくなってしまいました。 そこで、みんなは近道をすることにしました。
地主さんたちは、みんな顔を赤らめて、気持ち、よさそうに話しながら、山の道を歩いていきます。 松の木と木の間から、お月さんが顔をのぞかせて、みんなのようすをながめています。
すぎの木立にはさまれたところまで来ると、甚兵衛さんが思い出したようにみんなに言いました。 「このごろ、また、あのいたずらずきのわいわいぎっねが、このあたりに出て来て、 みんなをだましているそうじゃないかね。」
「うちの次郎吉も、だまされてね。
そば畑を川と思ってきものを頭に乗せて、「深いぞ。深いぞ。」といって歩きわたったと聞いとるんじゃ。」 「そんなきつねがいるもんかね。村のしゅうの作り話さね。
だいいち、人間さまが、きっねになどだまされるもんかね。アッハッハッハ。」
吾兵衛ざんは、全く相手にしません。その笑い方が、あまりに自信ありげだったので、 みんなもその気になっています。
ただ、甚兵衛さんだけが、あたりを見回しながら、ニヤニヤとわらっています。
ひと山こえて、せの高い木々がなくなると、どういうわけか、道がなくなっていました。
そして、そこには、大きな池がありました。
「おかしいぞ。こんな所に大きな池があったかなあ。 これはきっと、あのわいわいぎっねが、わしらをだまそうとしているのだよ。
ひっかえして、いっもの道を行こまいか。」
甚兵衛さんが言いました。すると吾兵衛さんがそれをさえぎるように言います。
「きっねが、人間さまをだませるものかね。たとえ、村のしゅうはだませても、 わしらはだませはしまい。この池は、ゆうべの雨でできただよ。きっと、ぞうじゃよ」
善右衛門さんも、大きくうなずいて言います。
「そんなことより、どうじゃな。今夜はいい月夜だし、お酒をのんで、からだ もぼかぼかしとるで、この池をわたってかえっちゃあ。ザブザブやっていった ら、さぞかし気持ちがええぞん。」
すぐに話がまとまって、地主さんたちは、きもののすそをこしまでたくし 上げて、ひといきにザブンとやりました。
「ええ気持ちだのう。ほれ、お月さんもうらやましそうに見とるぞな。」
「甚兵衛さん、何をしとるだ。おまえさんも、はようとびこまんかい。 気持ちがええぞん。」
みんなは、子どものように、はしゃいでいます。
いつのまにか、だれかが秋まつりのたいこや、はやしの口まねをし始め、 みんなもそれに合わせておどり出しました。
「ピーピー、ドンドン。ピーヒャララ。ここは深いぞ、ピーヒャララ。 足をとられてころぷなよ。ピーヒャララ、それ、ピーヒャララ。」 どういうわけか、甚兵衛さんだけは池に入らず、あきもせずにうかれておどっ ている地主さんたちを見ています。お月さんも、にこにこ、しながら、みんなの おどりを明るくてらしています。
ところがどうでしょう。おどりつかれて一休みして、.気がついてみると、地 主さんたちは少しも水にぬれていません。おどっていた池ば、じっは、すすきの原だったのです。
ただあたりいちめんのすすきのほが、秋風にざわっいていたのでした。
そういえば、甚兵衛さんのすがたはどこにも見当たりません。しばらくすると、遠くのほうで、 「ワアーイ、ワアーイ、ワアーイ。」 と、わいわいぎっねの鳴き声が聞こえ、山おくのほうへ消えていきました。

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