大蛇の地渡り
むかし、むかし、下池と新池と呼ばれる二っの池を縄張りにして、 それは大きな蛇が住んでいたそうな。
そして、毎日のように二つの池から池へ渡っては獲物を捕り、ますます大きくなり、 人を見ると毒を吹きかけたという。
そしてその毒をかけられた人は、高熱にうなされ、体一面に斑点が浮かび、苦しみながら、 息を引き取ってゆくという。

そういう話を、小さい頃から聞いてはいたのじゃが、 今まで、そんな大蛇を見たという人もいないし、それらしい跡形もないものだから、 誰もが、ただの言い伝えじゃと思っていた。
ところがある日、源兵衛さんは孫と一緒にその池のある森へ、たき木拾いに出かけたそうな。
木洩れ日のさす森の中は、たいそう気持ちがよくて、孫と楽しく遊びながら 源兵衛さんはいつのまにか森の奥へ奥へと入って行ったそうな。
ふと気がつくと何か動いている。 風もないのに木々の小枝が激しく揺れ、下草や篠の葉が踏みしだかれて、 ペチャンコになっている。
そして、得体の知れないものが、地を這うようにこちらへ近づいてくる。
身ぷるいするような寒気と、耳をおおうような恐ろしい音も近づいてくる。 辺りのただならぬ気配に、源兵衛さんは身の危険を感じたそうな。
とっさに孫をしっかりと抱き、くぼ地へ身を寄せ、地面に伏せて小さくなっ ていたそうな。
するとどうじゃ、両抱えもあるような蛇が身をくねらせながら、目の前を通 りすぎて行った。
大きくって、長くって、太くって、赤黒くって、薄気味悪い音をたてて、それ は恐ろしい光景だった。
源兵衛さんと孫の二人は、恐怖のあまり、腰をぬかして立ち上がることもでき なかったそうな。
暫くして、こんな所に一刻もおられんと気をとりなおして、孫を肩に担ぎ 一目散に逃げ帰って来たそうな。
やっと村へたどり着き、家へ戻っても、恐ろしさは増すばかりで、しっかり と戸を締め、頭から蒲団をかぶって、ガタガタ震えていたそうな。
そして長い間、その大蛇を見たことは誰にも語らなかったという。


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